ひな祭り

粟島では「ひな祭り」も「子供の節句」(子供の日)も月遅れ~~~今時、時代に合わせるようになってきつつあるけど✴️💐何時もはもっと早目にする模様替えが遅れてしまったかなぁ~~~まあでも粟島風に習って来月迄《お雛様祭り》の華やいだ雰囲気を🎶🎶🎶
ミニチュアの物が魅力的で可愛くてついつい手に取ってしまう。趣味で色々ミニチュアを収集する気持ちが解るような気がする。
この頃の気候はホントにもう春。三寒四温だからまだ少し雪がちらつくこともあるかも~~~なぜか気分が全てポジティブなほうへ🎶🎶🎶
さあ、1日1日体力と相談しながら仕事を‼️‼️ですね。🐱🐱🐱








近況

1月20日の「演芸会」からもう3週間過ぎてしまった。
何時もながら若い人達の情熱に圧倒されながら演目である「道南口説き」と「津軽甚句」を時間を裂いて練習を重ねたつもり~~~。私だけではないけれど、どうしても仕事に押されて練習不足は否定出来ないのですね~~~。それでも「唄」のトキイさんと「太鼓」の久美子さんの情熱に触発されながら何とか発表の運びとなりました。自分で選曲しながら、いざ練習を始めるとだんだん欲が出て(もっと良い弾きかた、メロディ-にしよう)と何度も弾きこみ、正直、発表の時点では、自分ではまだ未完成な状態で—。特に「道南口説き」は(北海道のじょんがら節)と言われていて練習する度に、その奥深さを魅力を感じさせられていた。津軽甚句にしても単調な曲と思えるほど三味線を弾く者としては、より斬新で素敵なメロディ-、《手(弾きかた)》を生み出したいと思うのです。「津軽もの」はリズムと構成がしっかりしてさえいれば、その間のメロディ-、手は自在に編曲出来るのです。どんどん先達の弾きかたを勉強しながら自分なりのものを作り上げて行くのは、達成感を感じる所があります。
さて、この次期、今度は仕事上「税務申告」の事務処理が~~~。この厳しい現実をしっかり見据えて、只今奮闘中‼️‼️‼️
こういう事務処理も「三味線~~民謡」も、自然に取り組めるのは夫である三富が料理を一手に引き受けての事だと~~~~実は日頃から感謝してるのでございます。(三富さん、有り難うございます‼️‼️)

以上、近況まで👀👀👀☕️☕️でした。🌈🌈

粟島演芸会

昨日、役場~公民館で[粟島演芸会]が開催されました。
「粟島未来会議~~~わかぜの会」が中心となって準備、制作、進行を務め多くのプログラムが見事な仕上がりに‼️‼️‼️
リハーサルから会場のセッティングから全員の隙のないチ-ムワ-クで終始スムーズな展開でした。終了後の打ち上げでも同じく、その仲のいいチームワークが発揮されて愉快で愉快で抱腹絶倒しきり‼️🌠🌠🌠
この「わかぜの会」の情熱と実行力には[感謝、感謝‼️‼️]です。
少しずつ増えてくるプログラムと参加者が面白いですよね。
皆、仕事や、又他にもあれこれやりながらの「演芸会」への参加にもかかわらず、その一生懸命さには見ていて頭がさがります。
《私も頑張らないと‼️》とヒジョーに発奮させられるのです。
そしてこういう事があると不思議と仕事の方もむしろ弾みがついて一生懸命になるンデスヨネ~~~👀👀👀サア‼️‼️又来年も《ヤルゾ~~~‼️👀‼️👀》ダネ。🌈🌈🌈








実はその後

実はその後、平成11年に三富が来てから俄然、仕事が2倍近く忙しくなり、名取としての「お稽古」にも一年に一回の「おさらい会」にも、ましてや師匠、先生のリサイタルなど行けるわけがなく、—それから5年ぐらいして「木田栄会」を辞めることになりました。
それからは三味線などただの飾り物に近い存在になってましたが——。
この5-6年前ぐらいから仕事も全体になんとなく落ち着いてきたので「持続」という形で又色々挑戦して行くことにしました。
仕事をする合間に、というより民宿の仕事の一部として仕事と平行してやって行けたらいいかなと~~~☕️☕️☕️


津軽三味線、木田流、名取の許状、板看板

あちこち片付けをしていて、しまいこんでいた津軽三味線、木田流、名取の許状、板看板(きだまつみは)が~~~。
仕事でバタバタしていると三味線や民謡のことがどこかに飛んで行ってしまいそうなので1日3回はテープかCDでイメトレをして、なおも今は亡き師匠「木田林松次」の姿と名取の許状と看板を常に目に触れる所へ‼️‼️‼️
19日の演芸会が大成功するよう出演者、スタッフ皆で頑張りましょうね😆🍰を‼️

明けましてお目出とう御座居ます

明けましてお目出とう御座居ます。ようやく正月の飾りが2段回に分けて終了。
12月31日にとりあえず玄関の門松を‼️
正直、本日2日の神楽の門付が來る前に、やっとクリスマスの飾りを片づけ、急ぎ他の正月の飾りを終えたのです👀👀👀
玄関の壁が綺麗になったので飾りが見映えがいいナア~~~🌃🌃